はじめに
地球上の 2点間を結ぶ最短経路のことを「大圏航路」いい、高校地理ではじめて習います。各社の教科書では次のように説明されています。
大圏航路 地球上の最短コース。大円航路ともいう。
帝国書院 (2016)『新詳地理B』p.13
大圏航路とは、地球面上の最短距離となる航路で、地球を大円(地球の中心を通る面で切ったときにできる円)上の弧で示される。
二宮書店 (2016)『新編 詳解地理B 改訂版』p.12
大圏航路
東京書籍 (2017)『地理B』p.14
地球上の最短距離となる航路のことで、大円(地球を輪切りにした平面のうち、地球の中心を通る最大の円で、大圏ともいう)の一部を通る。メルカトル図法上では、大圏航路は等角航路に対し、北半球では北極点側に、南半球では南極点側に凸の形状で表現される。
「大円」という言葉もでてきますが、大円とは、球の表面に描ける最も大きな円のことで、円の中心は球の中心と一致します。中学・高校地理では地球の大きさは「半径約6,400kmの球」と習うので、「大円の一部=大圏航路=最短経路」となります。
ところが、高校地学、大学で学ぶ地図学やGIS、あるいは一部の学習参考書では「地球は完全な球体ではなく、赤道方向にやや膨らんだ回転楕円体」と説明されています。
実は、地球が回転楕円体になると「大圏航路=最短経路」という説明は成り立ちません。
辞典での用語解説
より詳しい解説を確認します。
しょうえん 小円 small circle p.135
日本国際地図学会 編 (1998)『地理学用語辞典 [増補改訂版]』
球体をその中心を通らない平面で切った場合の切り口(←→大円)
そくちせん 測地線 geodetic ; geodetic line p.189
任意の 2地点を結ぶ地球面上の最短経路。(←→大圏航路)
だいえん 大円 great circle ; orthodrome p.195
球体をその直径を含む平面で切った場合の切り口。地球楕円体の場合には、赤道だけが大円であるが、地球を球体と見なす場合には、地心を通る平面で切った切口はすべて大円となる。地球を球体と見なしての地図投影では、この意味で用いることが多い。(←→小円)
たいけんこうろ 大圏航路 great circle track p.196
地球を球体と見なす場合の地球上の2点を通る大円(大圏)の劣弧。地球を回転楕円体と見なす場合には測地線となるが、その差は微小なので、事実上無視される。(←→大圏針路)
←→:参照用語
用語の説明を図示すると次のようになります。
回転楕円体で「大円」が成り立つのは赤道のみと書かれていますが、回転楕円体を極の真上から見下ろした場合と、赤道の真上から見下ろした場合で確認すると、次の図のようになります。
回転楕円体において、球の表面上で描ける最も大きな円(地球の中心を通る円)を「大楕円 "great ellipse"」といいます。ただし、文献によっては地球楕円体の場合でも「大円」と説明されており、筆者は「大楕円」が説明された日本語の文献を読んだことがありません。英語の文献では "great ellipse" という用語を目にしますが、"great circle" としてまとめて説明している文献も多いです。
大円と大楕円
地球が完全な球体であれば、「地球の表面に描ける最も大きな円」はどこでも「円」なので、「大円」と説明すれば良いのですが、地球を回転楕円体と見なした場合は、赤道以外で完全な円にはなりません。回転楕円体の場合、大円と区別するために「大楕円」という用語が使われます。
大圏航路
高校までの地理では、「大圏航路は地球の表面を描いた際の最も短い経路」と習いますが、実はその説明が成り立つのは地球が完全な球体の場合に限られ、地球が回転楕円体の場合は成り立ちません。「大圏航路=最短経路」が成り立つのは地球が完全な球体の場合に限られるのです。地球楕円体の場合は、赤道上の2点間、もしくは同一経線と対蹠点を通る経線上の2点間に限り、大圏航路が最短経路となる条件が成り立ちます。
『地図学用語辞典』では「事実上無視される」と書かれていますが、どれくらいの無視できる差なのでしょうか。WGS84楕円体や GRS80楕円体のように、地球の測量に使われる地球楕円体の場合、地球上で適当な 2点間を指定すると、指定する2点間の場所にもよりますが、平均 0.0001% 程度の差で、国家間という何千㎞もある場合は数十~数百mという差になりますが、紙地図に描くと線の太さ以内に収まるわずかな差といえます。
「大圏航路」とは、地球を球とみなした場合や回転楕円体とみなした場合に限らず、"地球" の表面に描ける最も大きな円の劣弧(短い方の弧)を意味し、その距離を「大圏距離」といいます。大円と大楕円の区別をしなくてもよいので、「大圏航路」や「大圏距離」は便利な用語です。
測地線
地球を回転楕円体として定義した場合、2点間の最短経路を示す用語として、「測地線 "geidesic (line)"」があります。測地線は、赤道上や同一経線上の経路を除くと、地球上に描いた直線ではなく、少しねじれた線になります。地球上に描いた直線は大圏航路と等しいですが、ねじれているので大圏航路とは等しくありません。
ArcGIS Pro や ArcMap の距離計測ツールでは 4種類の距離が指定できます。[測地線] はなんとなく最短距離を測るものとして使ってきたと思いますが、[大楕円線] がいまいちピンときていないと思います。この [大楕円線] が、「大圏航路」なのです。なので、「大圏航路≠最短経路(測地線)」となるのです。
測地線と大圏航路の差が無視できない場合
0.0001% 程度の差なら無視してもよいという考えもあるでしょう。しかし、中には数十km 違う結果となる場合もあります。
地球上で指定した2点が最も離れているのは対蹠点(地球の真裏)です。特に赤道上の対蹠点が最も距離の離れた場所となり、その距離は 20,037.5km となります。赤道上で対蹠点を指定した場合は、地球が偏平しているため、赤道上を通るルートではなく、極(北極点・南極点)を通るルートが最短経路となります。この経路は同じ経線を通るので大圏航路(大楕円の一部)とも一致します。
しかし、対蹠点よりもほんのわずかに緯度と経度をずらした地点を指定すると、大圏航路と測地線が大きく違います。たとえば、
(緯度0度・経度0度)-(北緯0.0001度・東経179.9999度)
を結ぶ2点間では、最短経路は対蹠点の場合と同じように北極点付近を通るルートが最短(2点目が北緯にあるので北側を通る)となります。このとき描いた測地線は、地球の中心を通るように割った円の一部ではなく、少しねじれた形をしています。つまり、地球上における "直線 " ではありません。大圏航路(=大楕円)を描くと、赤道付近を通る経路になります。
このときの測地線距離は 20,003.93km、大圏距離が 20,037.17km で、実に 33km も違います。繰り返すと、地球は偏平しているので、赤道から対蹠点を目指すには北極点や南極点を通るルートが一番短いのですが、少し緯度と経度をほんの少しずらすと、大圏航路(大楕円の一部)は、ほぼ赤道周りの経路となってしまうため、遠回りで距離が長くなってしまうのです。
ただし、このように数十km も違いが出るのは、限りなく対蹠点に近くて、且つ対蹠点の緯度・経度が共に異なる場所に限られます。数十km の違いがありますが、それでも割合にすると 0.1% 程度です。距離差の割合はわずかですが、実際の経路は大きく違う点に注意が必要です。
まとめ
高校地理では、地球上の 2点を結ぶ最短経路を「大圏航路」と習いますが、「大圏航路=最短経路」が成り立つのは地球を完全な球体と見なした場合に限られます。高校地理の教科書では、地球は回転楕円体としては説明しないので、問題ありません。
しかし、地球を回転楕円体とみなすと、「大圏航路≠最短経路」となります。真の最短経路を「測地線」といい、ほとんどの場合でその差は 0.0001% 未満、最大でも 0.1% 程度の違いとなります。実距離にすると最大で数十km 程度違ってきます。大学や実務で GIS を使い始めると地球を完全な球として扱わなくなるので、混乱してきます。
「大円」と「大楕円」は、厳密には区別しますが「大圏航路」といえばどちらの場合としても説明できます。
「測地線」という用語を習うと、大圏航路と測地線は別のものとして理解する必要がでてきます。
また、大学や実務で本格的に GIS を学び始めると、「大圏経路=最短経路」と覚えた知識が混乱を招きます。「最短経路=測地線」と新しい知識を得ると、「大圏航路=測地線」と勘違いしてしまうのです。
高校地学では地球を回転楕円体として習うので、地理と共に学んでいると厄介ですが、たいてい地球を回転楕円体扱っても、最短経路は大圏航路と説明される場合がほとんどです。もし、測地線という言葉を習ったら、大圏航路と違うことを理解してください。
誰を対象とした解説にするかで説明の細かさが変わってきますが、このサイトは GIS を専門的に学ぶ人を対象としているので、「地球=回転楕円体」、「大圏航路≠測地線」として考える前提で説明しました。
元の英語名も併せて押さえておくと理解がしやすいでしょう。
日本語 | 英語 | 別名 | 備考 |
---|---|---|---|
大円 | great circle | 英語文献でも、回転楕円体上で描ける大きな円を「great circle」と説明しているものは多い 。 | |
大圏航路 | great circle course | 大円航路 | 英語でも大楕円のことをまとめて "great circle" という場合が多い。「大圏」と「大円」を区別する英単語はない。 |
大圏距離 | great circle distance | 大円距離 | 日本語で「大楕円」を説明している文献は見かけない。 |
大楕円 | great ellipse | ||
小円 | small circle | ||
測地線 | geodetic (line) | ||
航程線 | rhumb line | 等角航路 | 『地図学用語辞典』によると「等角航路」は非推奨の用語となっている。 |
なお、『地図学用語辞典』には「大圏」という独立した用語は記載されていませんが、地球における大円・大楕円のことをまとめて大圏と説明できるでしょう。
関連記事
pp.160-161 に測地線と大圏航路の違いが説明されています。
おまけ
大圏航路に対して、「常に同じ方位角で進み続ける航路」を「等角航路」と習うのですが、『地図学用語辞典』によると等角航路は「なるべく用いないようにする」(非推奨)と示されており、「航程線」を使うべきとなっています。類似の言葉で、以前は「正角図法」のことを「等角図法」とも呼んでいて、こちらも非推奨となっています。実際に等角図法は廃れ、正角図法が浸透していますが、高校地理の教科書には「航程線」とは書かれていないため、等角航路は廃れておらず、地図学会が推奨する航程線は浸透していません。「大圏航路」に対をなす言葉として「航程線」だと語呂が悪いからでしょうか。