はじめに
これまで何度か「メルカトル図法は地球に円筒を被せて中心から光を当てた影によってできた投影法ではない。」という説明をしてきましたが、正直なところいまいち実感できません。
上記の地図はミラー図法ですが、円筒図法とメルカトル図法を同時に説明すると上図のような模式図になりがちです。しかし、実際に地球の中心から円筒に光を当てた影を展開するとこのような地図になります。
アラスカ、グリーンランド、ロシアの北がかなり歪んでいますが、これを心射円筒図法といいます。ArcGIS では残念ながらバージョン 10.6 / Pro 2.2 時点で心射円筒図法はサポートされておらず確認することができません。QGIS でも作成できないようです。そこで、難しい計算を行わずに理解する方法として作図して長さを計測してみました。三角関数が出てきますが定規と分度器で測って確認することもできるでしょう。
心射円筒図法の模式図
ArcGIS Pro 上に Local 投影法で半径 1m の円と赤道に接する円筒を作図し、長さを計測しました(赤字は弦の角度)。図では前提条件を以下とします。地球の半径で計算したい場合は数値を変更してください。
- 地球は完全な球とする
- 地球の半径:1
- 赤道の長さ:6.28
半径 1 の場合、赤道(緯度0度上の緯線)の長さは 2* 3.14 * 1 = 6.28 となります。
緯線の長さが赤道の 1/2 (3.14) になるのが緯度60度(arccos 0.5 = 60度)です。つまり、東西方向は実際の長さよりも2倍に引き延ばされていることになります。同じ経度上で、南北 60度間の長さは 1.732(tan 60度 = √3)*2 = 3.464 となります。
緯線の長さが赤道の 1/4 (1.57) になるのが緯度75度(arccos 0.25 = 75度)です。東西方向に 4倍引き延ばされています。同様に同じ経度上で、南北75度間の長さは 3.732 (tan 75度)* 2 = 7.464 となり、赤道の長さを超えました。メルカトル図法で緯度75度の拡大率はもっとゆるやかです。
心射円筒図法とメルカトル図法とでは、地図上での東西方向の拡大率は同じですが、南北方向の拡大率が異なり、極へ近づくほど顕著になります。東西と南北の距離比が 1:1 にならなければ正角図法とは言えないので、円筒の模式図で正角図法は説明できないことになります。
メルカトル図法で表現できる緯度の限界
メルカトル図法は極が表示できないとありますが、実用度はともかく限りなく極付近を表現することはできます。メルカトル図法は計算上、極点(90度)以外なら限りなく極付近(緯度89.999...度)まで描くことができ、ArcGIS では緯度89度まで表現することができ、下図のようになります。
心射円筒図法で 89度を表現するには赤道周長の 18倍の長さが必要なので、このことからも心射円筒図法はメルカトル図法よりも南北に顕著に長いがことが理解できます。
Web メルカトルの "正方形" と比較する
Google Maps は小縮尺図での使用をやめてしまいましたが、多くの Web マップはいまだ Webメルカトル座標系と呼ばれるもので地図を表現しています。Webメルカトルは投影法がメルカトル図法で南北緯度 85.05113度以内とすることで地図の図郭が正方形になるのが特徴です。
しかし、心射円筒図法で同一経度の南北85.05113度間の長さは 11.5487 (tan 85.05113度) * 2 = 23.0974(上記模式図中の数値は計算誤差)となり、赤道周長の約 3.7 倍でかなり縦長となります(上図模式図の外枠)。このことからも、円筒に映し出された影がメルカトル図法でないことが理解できます。
心射円筒図法が作成できるソフトウェア
心射円筒図法は実用性がない投影法のためか、ほとんどの GISソフトウェアではサポートされていませんが、GEOCART なら作成できそうです。
ArcGIS でも教育目的として心射円筒図法をサポートしてほしいところです。
まとめ
メルカトル図法は正角図法です。正角とは地図上の三点を結ぶ角度∠が正しいという意味で、ティソーの指示楕円を配置した際に「円」となるものです。つまり、その場所で作成した指示楕円の長半径と単半径の距離比が 1:1 になるものが正角図法です。心射円筒図法は実用上は緯度45度だそうですが、それ以上になると極端に南北に長く歪むので正角ではないのです。
よく使われる球に円筒を被せた模式図としてよくこのような図が描かれます。
円筒の長さが球の直径の 2倍です。この場合、円筒の端は緯度63度(arctan 2 ≒ 63度)となるので北はアイスランド、南は南極が含まれません。メルカトル図法なら世界の陸地はすべて表示されるはずです。
実際に作図してみると円筒でメルカトル図法を説明するにはかなりの無理があることが分かりました。
さいごに、野村正七氏の『地図投影法』P26 (1983) の一節を引用します。
[付記]ひところわが国で心射円筒図法とメルカトル図法とが混同されがちで、メルカトル図法の原理の図解に図2.1(注:上記模式図)がしばしば使用されてきた。今日そのようなことがみられなくなったのは喜ばしいことである。
残念ながら今日でもそういう説明を多くみかけます。政春尋志氏の書籍でも嘆かれています。