メルカトル図法を正しく理解するシリーズ、今回はメルカトル図法の特徴である正角図法について説明します。
はじめに~地図要素
球を正確に平面に表現することはできません。そのため、地球を地図上で完全に表現することはできません。ここでいう地図とは市販の紙地図、もしくは平らなディスプレイです。そこで、地図投影という方法を使って地球を平面に表現します。地球を正しく表現する(正性質)ための要素は 4つあります。
- 距離
- 面積
- 角度
- 方位
距離、面積、角度は地球上の任意の地点を正しく表現することは可能ですが、方位については地球上の任意の地点からすべて正しく表現することはできません。方位はある地点(図の中心など)から任意の地点までの方位を正しく表現することしかできません。
そして、これら 4つの要素を同時に正しく平面に表現することはできません。三次元で良いなら地球儀で表すことができます。二次元である地図である要素を正しく表現するには、別の要素の正確性を犠牲にしなければなりません。
「何かを得るには、何かを捨てなきゃ。」by バスコ・タ・ジョロキア
ずっと勘違いしていたこと
「距離が正しい」「面積が正しい」はすぐに理解できましたが「角度が正しい」とはどういうことか、長年正しく理解できていませんでした。
メルカトル図法は正角図法で子午線(経線)が平行に描かれている。地図上で任意の二地点を直線で結ぶと子午線と直線がなす角度が一定となる。これを舵角といい、舵角を一定に保ち続ければ目的地までたどり着くことができる。これを等角航路(航程線)という。
メルカトル図法はこのように習いました。多くの Webサイトや書籍でもこのように説明されています。
この説明、間違ってはいないのですが、よく読んでも「正角」とは何かが分かりません。また、等角航路はメルカトル図法でしか描けないような感じもします。
私が読んだ高校の参考書でも「正角とは角度が正しい」としか解説されていませんでした。
なので、私は子午線が平行なものを正角図法だと勘違いしていました。だから子午線が平行ならミラー図法や正距円筒図法でも航程線が描ける、つまり等角航路というのは角度が違って遠回りの具合が違っても目的地にたどり着けるのではないかと思っていました。
「ミラー図法や正距円筒図法は正角図法ではない」と書かれた解説を読んで何か理解が間違っているのだろうとは思いましたが、どう間違っているのかが分かりませんでした。ミラー図法なら、どの角度を指定しても北極点にたどり着ける線が描けるのも誤解した元凶です。
正角とは何か
政春尋志著『地図投影法』(2011) P50~ を引用します。
経緯線が地図上で直交し、かつ、緯線方向と経線方向の線拡大率がどこでも等しくなるようにすれば、正角図法が得られる。
「緯線方向と経線方向の線拡大率がどこでも等しくなる」とは、東西方向と南北方向の距離が正しいということです。例えば投影によって東西方向に誇張されると、子午線が平行でも舵角が変わってきます。東西方向に誇張されるということは「形が正しくない」ということです。
角度は子午線からの角度に限りません。円イと円ロは場所が離れていても同じ形なので点O、点P の角AOB と角CPD の角度は同じです。
しかし、投影によって離れた場所の円イ' と円ロ' の形が異なると、点O'、点P' で本来同じ角度であるはずの角A'O'B' と角C'P'D' の角度が異なります。
正角とは、ティソーの指示楕円、つまり地球上に描いた小さな円で長半径 a と短半径 b の長さが等しい (a=b) となるものです。このとき、場所によって半径の大きさが異なっても構いません。
小さな円は何km まで良いのか気になるところですが、半径は求めたい地図の精度によって異なります(文末の参考参照)。限りなく小さい方が良いですが、世界全図で 1m の円を描いても分からないので私は半径 500km を使っています。1000km にするとメルカトル図法でも高緯度は円でなくなってしまいます。
なお、正角図法は両極点上では正角とはなりません。
これで「正角とは何か」が分かりました。
等角航路(航程線)
改めて、等角航路の定義は
等角航路とは子午線とコンパスの示す角度とのなす角である舵角を常に一定保ちながら進む航路。
です。等角航路を直線で描くことができれば航海が容易になります。これを実現するには
- 子午線が平行である
- 正角である
の 2つの条件を同時に満たす必要があり、唯一条件を満たす投影法がメルカトル図法なのです。
ティソーの指示楕円が常に円になっていることから、図中に引いた角度は正しいと言えるのです。
ミラー図法や正距円筒図法はティソーの指示楕円が楕円になっていることから、角度が正しくないと言えます。
また、等角航路は直線で描く必要はありません。どの投影法でも描けます。ただ、メルカトル図法以外直線にならないだけです。たとえば、正射円筒図法で描くと捻れた曲線になります。
まとめ
メルカトル図法を正しく理解させるには
- 「正角」とは何かを正確に説明する
- 正角図法を理解させた後で等角航路を説明する
- 等角航路が直線となる 2つの条件を説明する
- メルカトル図法がそれをかなえる唯一の投影法と説明する
の順に解説すれば良いでしょう。
正角図法、等角航路とメルカトル図法との関係について、誤解していたのは私だけではないと思います。
おまけ
そういえば、「地球を完全に表すことができるのは唯一地球儀だ。」という説明も良く耳にしますが、地球儀は立体であることに加え、視点がいろいろ変えられるのが利点です。地球儀を回転させて裏側を見ることもできますし、真上から見て面積を正しく理解する、紐を伸ばして距離や方位を確認することもできます。地球儀であっても斜め上から見たら国の形は歪んでみえます。2018年の Google Maps がリニューアルされた際に、「リニューアルによって面積が正しく表示されるようになった。」と書かれたニュース記事がありましたが、この説明は地球を見る視点のことが考えられていません。
我々三次元人は同じ視点から三次元の物体すべてを観察することはできません。デジタル地球儀である Google Earth や Google Maps は画面を通して地球儀を見ており、それは正射図法で投影した地図に等しいのです(実際の地球儀を眺めた場合は有限の距離からとなるので外射図法と等しいことになりますが)。
参考
2021年8月9日追記
続編を作成しました。
https://www.wingfield.gr.jp/archives/11977