2023年度 日本地理学会賞(著作発信部門)受賞!
2021年8月25日、ベレ出版より上梓しました。初の一般書・単著です。
目次
「はじめに」より(抜粋)
私たちは、身近なところでさまざまな地図を読んだり描いたりしています。たとえば、ニュースや統計資料に見られる「人口増加率」や「感染者数」を示した地図があります。これは中学地理で習った「主題図」と呼ばれるものですが、最近では「情報の視覚化(データビジュアライゼーション)」という別の呼ばれ方もされています。ところで「なぜ人口増加率や感染者数の地図は赤いのか」「なぜこの地図は塗り潰しではなく円の大きさで表示するのか」「なぜ主題図の形は地図アプリの形と違うのか」といった疑問に答えることはできるでしょうか。
まだ主題図の読み方・描き方の最適解を IT が示してくれる段階にはないので、このような疑問に答えられない人が情報を地図で視覚化すると、不適切な表現になる可能性があり、実際に誤った表現は多く見られます。そのため、読み手側で地図を正しく判断できる力が必要なのです。
本書では「地図リテラシー」として、「主題図」「地図投影法」「地理情報システム(GIS)」の3つのキーワードに焦点を当てました。「一般図」の理解も重要ですが、一般図に固有の内容は割愛し、主に主題図と共通する内容を取り上げました。今は地図投影法に詳しくなくても、GISで簡単に地図が作製できますが、主題図の理解と同様に、原理・原則を知らないまま利用すると不適切な表現になってしまいます。特にウェブ上では、多くの主題図がメルカトル図法で描かれていますが、この表現が条件によっては不適切になることはほとんど知られていません。適切な地図の表現には地図投影法の知識が必要です。本書では難しい計算式は使わず、仕組みと考え方を解説しました。GISは電子地図以外に、もっと広い意味があります。GISの歴史をたどり、紙地図との考え方の違いや最近の動向を示しました。
地図は、地球上で起きている事象を図で示したものであり、情報を視覚化して伝える手段のひとつです。地図の正しい読み解き方・描き方を知ることで、誤った表現に惑わされることなく、世界の様子が読み解けるようになります。それは生きるための教養です。本書を通じて、生きる力の糧として「地図リテラシー」を身につけていただければ幸いです。
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執筆の経緯
本書を執筆するに至った経緯は、熱い想いと共に「おわりに」で示しています。ここでは書き切れなかった補足を載せておきます。
G空間EXPO というイベントがあります。地理空間情報の祭典ともいえるもので、政府の関係団体を中心に運営されているものです。2019年のイベントに出展されていた、奈良大学文学部地理学科の木村圭司教授と地理総合に関する雑談からはじまったものです。
地理総合とは、2021年度からはじまる高等学校の新しい社会科科目です。高校の地理は 49年間選択科目に位置づけられていて、実際に選択する生徒も少なく衰退の一途でした。私が高校で習ったカリキュラムだと、世界史が必修科目で、地理と日本史が選択必修の科目でした。私は高1の世界史で歴史嫌いになったことから地理を選択しましたが、1学年280人のうち、30数人しか選択しないマイノリティでした。まだ母校は良い方で、学校によっては地理が開講していない高校も多く、選択の機会すら与えられない状況です。
小学校、中学校でも地理を習いますが、高校で地理を選択しないと、地理を習うことは中学1年生で終わります。しかも中学地理の地図単元はかなり序盤なので、ほとんどの人は 13歳~14歳で習って以降、学ぶ機会がありません。
そこで、2000年代後半から地理学界隈の専門家を中心に議論を重ね、2011年に歴史と共に地理も学ぶべきという、日本学術会議の提言が提出されました。そして、2021年度から地理と歴史それぞれが必修科目となり、地理は「地理総合」という必修科目となりました(参考)。
私も、以前からニュースとかで見かける地図の使い方には疑問がありましたし、おかしいことをおかしいと訴える必要を感じて、これまでブログの記事としてもいくつか書いてきました。
地理総合では3つの大きな柱があり、その一つに「地図や地理情報システムで捉える現代世界」があります。「地理情報システム」、略して GIS を積極的に活用することが、学習指導要領に示されています。
地理をもう一度学ぶための書籍はベレ出版の意向もあり、意外と多くあります。地図の本も多くあるのですが、登山における地形図の読み方や地図の歴史解説がほとんどです。主題図をテーマにしたものは専門書でもほとんどないので、本書では主題図をテーマとして一般書を書くことにしました。
地理の専門書だと心当たりがありますが、一般書として執筆するにあたっては心当たりがなかったので、ちずらぼさんからベレ出版の編集者をご紹介いただき、上記の趣旨を企画書として提出しました。本書は持ち込み企画です。
どんな人達に読んで欲しいか
もちろん皆に読んでいただきたい本ですが、企画としては「間違った地図にだまされない」ための教養本ということで、地図、特に主題図を読む人に向けた本です。主題図はニュースなどで誰もが目にすると書きましたが、なので誰もが読んでもらいたい本なのです。
地図を読む人に向けて
本書を企画するにあたり、「地理という授業が大切なんだと保護者に訴えるのはどうか」という話になりました。
世間では間違った地図がありふれている → 正しい地図の読み解き方を知る必要がある → 地理を学ぶと地図が理解できる → 地理って大切!
という流れです。この書籍はアウトリーチ活動の一つです。普段「地理」という分野に関心がない人達にアプローチするアウトリーチ活動は、日本地理学会でも精力的に行われています。
普段から地図に慣れ親しんで "いない" 人達に向けた一般書として企画しました。「なぜ間違っているのか」「なぜおかしいのか」を説明するには、きちんとした理由が必要です。理由を知ることで、間違った地図にだまされるのを防ぐことができます。
地図を作る人に向けて
「地図を作る人」というと、国土地理院や地図製作会社を想像するかもしれません。しかし、先に述べたように、ニュースなどで出てくる地図はその機関の中の人が作ったり、デザイナーに委託したりして作っています。中には地図の専門家もいるでしょうが、そうでない多くの人も地図を作っています。
最近は、データビジュアライゼーションという言葉をよく耳にするようになりました。情報の可視化ですが、これらの書籍はたくさん販売されています。しかし、図表の種類や色使いについて細かく解説されているものの、地図のトピックはほんの少しです。
情報を地図で可視化するとは、つまり分布図の作成を行うことです。分布図は正積図法で作るのがセオリーですが、情報を可視化するソフトウェアによっては、メルカトル図法しかサポートしていないものもあり、ほとんどの利用者はそこに何の疑問も感じていません。
今や地図は何でもメルカトル図法の世の中です。それはまるで TOマップが世界だと信じて疑われなかった初期中世のキリスト教の世界観そのものです。世界は平らで良いのでしょうか?
業務レポートで地図は作るけど、主題図の原理を深く学ぶ機会がなかった方々にも読んでいただきたい本です。
専門家に向けて
「専門家」も幅が広いですが、教育者と実務者のそれぞれに向けてアプローチしています。
「地理総合」で地図や GIS が目玉のトピックとして活用されるのはありがたいですが、現場の先生にとっては大変です。「高校地理総合で、地図と GIS は大きなキーワードとなっているものの、地理プロパー教員が少ない現状だと、暗記科目になりかねない」という現実の未来予測はいろんなところから伺っています。本書は、地図や GIS の背景知識を網羅的に得るための本としても活用できます。地形図そのものの読み方は解説していもせんが、共通する部分にも触れています。
実務者や地理学出身の方だと、たとえば次のようなトピックはご存じでしょうか。
- 国土地理院の「地形図」はなぜ「地形」と銘打っているのに一般図に分類されるのか
- 「地図 (map) 」と「地図帳 (atlas) 」の起源
- 「メートル」と「マイル」の由来
- 「GIS」はいつどこで登場したのか、名付け親は誰か
- 「ベクター」と「ラスター」はどちらが先に登場したのか
- 「レイヤー」の考え方は GIS の登場よりも前だった
1つでも新しい発見があると幸いですし、どのように説明すれば良いかの参考にもなると思います。小話のネタとしても活用してください。
索引
本書は索引にも力を入れています。別のところで聞いた用語の意味が分からない、後から読み返したい時にどこに書いてあったか、そういう時に調べる方法として、一般書であっても索引は絶対に載せたいと考えていました。総ページ数286ページのうち、索引は 7ページにわたっています。
また、同じ用語が複数ページに渡って登場する際、どちらを読めばよいのか分からない場合があります。そのため、最優先で読むべきページ番号を太字にしました。私自身、専門書の索引を調べる時にこれで悩むことがあったので、特に意識しました。
索引は手作業で作るのが一般的だそうですが、Word の索引作成機能は相当便利です。組版(書籍のレイアウト)でページ番号が変わることがあったので、目視での総チェックは必要でした。
原稿の作成手段
書籍の内容は読んでもらうとして、どうやって書籍を書くかという、手段についてです。
図表
書籍の図版はすべて著者作成です(一部提供依頼したものや、データ収集などを手伝ってもらいました)。地図は Esri ArcGIS Pro、図は Microsoft PowerPoint、表は Microsoft Excel で作成し、Adobe Illustrator (*.ai) 形式への変換以降を出版社にお願いしました。著者が技術的に作図できなかったものが1枚あって、それだけ出版社経由でデザイナーに依頼しました。一部変換すると色やレイアウトが崩れるものがあったので、その辺りはデザイナーに修正してもらっていますが、図解の構成はすべて著者によるものです。
本文
本文は、Microsoft Word でできる限り書籍に近い形でスタイルを設計して執筆しました。原稿の文書データ(400字詰め原稿用紙相当)を編集に送って組版(書籍のレイアウト)するのが一般的だそうですが、本書は完成イメージを持ちながら書けるように WYSIWYG を目指して Word のスタイルを活用しました。図版の差し込みは描画オブジェクトを使いましたが、半ページの図版挿入で多少思うとおりにいかないところがありました。縦書きの原稿を書いたのははじめてでしたが、Word でも十分書けることが分かりました。
実際の組版では、印刷で読みやすいフォントを使用するので、多少文書の改行に違いがでますが、節見出しや項見出しは組版を想定した幅を設定したので、改ページなどイメージしやすく文書を書くことができました。組版は Adobe InDesign を使うのが一般的で、今回もそのようでしたが、出版社側(デザイナー)が Word の文書を落とし込んだそうです。
Word のスタイル機能を駆使したものですが、この辺は長年トレーニングのテキストを作ってきた経験が活かされています。
正誤表
出版後に判明した誤植や内容の誤りはこちらの正誤表をご覧ください。
受賞・紹介・書評
本書を書評、参考・引用していただいた書籍(雑誌・学術論文)、サイトです。
受賞
雑誌
- 『GIS NEXT』77号 2021.10(ネクストパブリッシング社)
- 『地図中心』590号 2021.11(日本地図センター)
- 『地図 空間表現の科学』VOL.59 NO.3 2021(日本地図学会)
- 『GIS-理論と応用』Vol.29 No.2 2021.12(地理情報システム学会)
- 『地理学評論』Vol.95 No.2 2022.03(日本地理学会)
- 『奈良大地理』第28号 2022(奈良大学地理学会)
- 『人文地理』74 巻 (2022) 3 号/書誌(人文地理学会)※学会展望内の一文として
- 雑誌『地理』2024年5月号(古今書院)
参考文献としてご紹介いただいた書籍・論文
- 『誇張、省略、描き換え…地図は意外とウソつき: 誇張、省略、描き換え…地図には「奇妙な表現」がいっぱい』(2023), 遠藤 宏之, 河出書房新社
- 『現場のプロがわかりやすく教える位置情報エンジニア養成講座』(2023) 井口奏大, 秀和システム , p.257
- 『切手で読み解く地図の世界: 小さな地図の博物館』(2023) 西海隆夫, えにし書房, p.197
- 「万能な図法はない-地図投影法の適切な使い分け」(2023) 佐藤崇徳, 地図情報 164, Vol.42, No.4, p.8
- 『デジタル社会の地図の読み方 作り方』(2022) 若林芳樹, 筑摩書房, p.55, p.204
レビューサイト
ご協力いただいた組織・人々
本書の執筆にあたり、多くの方々にご支援いただきました。ありがとうございます。
- アジア航測株式会社 様(図版用画像提供)
- インクリメントP株式会社 様(図版用画像提供)
- 株式会社ウェザーコック 様(図版用画像提供)
- 木村圭司 教授(企画立案・章構成案協力)
- 近藤樹 様(図版用 GISデータ作成・図版作成)
- ジャッグジャパン株式会社 様(図版用画像提供)
- ダイビングサービスSUN*ISLAND 様(写真掲載許諾)
- 高見祐介 様(図版用イメージ画像作成)
- ちずらぼ 様(出版社紹介)
- 一般社団法人リモート・センシング技術センター(図版用画像提供)
- ベレ出版 様
- 原稿へコメント・アドバイスをいただいた I・Yさん、H・Rさん、N・Yさん、S・Mさん、W・Mさん、W・Hさん
(50音順)
出版日に合わせてこの記事を書いていたら、高校吹奏楽部の友人達からお祝いのブーケが届きました。ありがとう!
書籍を書くことで知識を整理することができましたし、自分にとっても知識を広げる新しい発見がありました。
ぜひお手にとってお読みください。